アメリカの右傾化

深刻化する銃社会と人種差別主義

米国史上初の黒人大統領誕生からわずか2年後の中間選挙で、オバマ民主党は大敗を喫した。その背景には、全米で勢いを増す保守系の草の根運動「ティーパーティー」の存在がある。オバマ大統領誕生以来増え続ける極右組織、そして人種差別や銃による犯罪。米国社会の動向をレポートする。


文 / ブライアン・コバート Text by Brian Covert

アメリカ国内の「悪の枢軸」

ニューヨーク市でイスラム教徒移民のタクシー運転手が、乗客に切りつけられ凶暴な暴行を受ける。サウスカロライナ州ではアフリカ系アメリカ人男性がトラックにロープでつながれて公道を引きずり回され死亡。自動小銃で武装した市民グループがメキシコ国境を「警備」。アリゾナ州のメキシコ系アメリカ人男性が庭で水やりの最中、隣人に首を撃たれ死亡。サンフランシスコ郊外の高速道路では、アメリカが「左翼寄り」になっているのに立腹した失業中の白人男性が警官と撃ち合いになる。

アメリカ全土で今年に入ってからだけでも、このような出来事が多数起こっている。さらに、銃所持の権利を擁護する人々は武器を所持して、アメリカ大統領がスピーチをする場に堂々と現れるようになっている。連邦議会議員を含む右派の政治家も躊躇することなく武器による暴力を肯定している。

銃による暴力、極右翼の国家主義、人種差別者によるヘイトクライム(憎悪犯罪)
(注1)。アメリカ史上初のアフリカ系アメリカ人の大統領が選出されて2年になる今、この3つの要素が複合した国内版「悪の枢軸」が生まれている。

全米の一般社会に約3億丁の銃

この10年でアメリカ社会には著しい銃器の増加がみられた。現在、一般のアメリカ人の間で、拳銃を中心とする約三億丁の銃器が所有されているといわれる。アメリカのアルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局(ATF)によると、その数は年に4百万丁ずつ増え続けている。2007年のシカゴ大学の研究者による調査では、約22%のアメリカ国民、約35%の世帯が銃を所有している。毎年、銃のからむ暴力によって3万人以上のアメリカ市民が命を落としているのは、驚くに足りないだろう。

銃を使用した事件で亡くなる人がそれだけいるにもかかわらず、あるいは、だからこそともいえるが、アメリカ国民の多くが憲法修正第2条
(注2)を理由に、自己防衛のための銃器所持の権利を主張している。コロンビア大学ロースクールの研究者が2010年7月に発表した論文では、調査した76%のアメリカ人が拳銃を所有する権利を認めており、その理由として大半が憲法により権利が認められているからと考えている。その権利を擁護する団体のうち最も強力な全米ライフル協会(NRA)の4百万人を超える会員は人種、社会階級、宗教、学歴、また政治信条においてさえ様々な老若男女で構成されている。

オバマ大統領誕生後の2年間でNRAなどの支援で、銃器規制法の緩和された州が幾つもある。2007年に大学のキャンパスで銃乱射事件が起きたバージニア州では、バーやレストランなどアルコールを供する場所では合法的に武器の所持できるようになった。オバマ大統領は、国立公園や鳥獣保護区、全国のアムトラック列車内で、アメリカ国民が銃弾を装填した銃を隠し持つことを許可する2つの法律を成立させている。

極右翼の運動の高まり

また、ティーパーティー運動
(注3)などを含む極右翼の団体の力は増大を続け、アメリカ社会全体における存在感を強めている。彼らのデモでは、ナチスの国章である鉤十字の横に「オバマのファシズム」と手書きしたプラカードや、「オバマが計画 — 白人を奴隷に」、「イスラム教徒のマルクス主義者を弾劾せよ」なども見られる。

ティーパーティー運動には、非常に不穏な要素がある。アメリカ最古で権威ある公民権団体である「全米有色人種地位向上協会」(NAACP)は、2010年10月にティーパーティー運動についての報告書を発表した。それによると、この運動は人種差別を唱えるいわゆるヘイトグループや、銃規制に反対する極右武装組織、移住者の入国に反対する自警団、キリスト教原理主義者団体、その他の同様な考えを共有する集団とのつながりを持つ、極右国家主義の再燃であるとしている。

報告書はまた、全米50州を網羅するティーパーティー運動の6つの支部に25万人が登録しており、さらに数多くの多様な地方支部が「我々の国をこの手に取り戻そう」というスローガンの下、組織されているとする。

47年前にマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師が、かの高名な「私には夢がある」というスピーチを行ったワシントンDCのリンカーン記念館で、「アメリカに名誉を取り戻そう」と銘打たれた愛国主義的な集会が、キング牧師がスピーチを行ったのと同じ8月28日に開催され、数万人の右派の支援者が集まった。

さらに指摘されているのは、ティーパーティーは極右の組織や個人からの巨額の資金供給によって成り立っている「何百万ドルもの価値をもつ複合体」であるという点である。「ニューヨーカー」誌の2010年8月号に、ティーパーティーの隠れた資金源の詳細についての記事が掲載された。記事によると、2009年ティーパーティー運動の発足に当たって資金を提供したのは草の根運動の市民ではなく、チャールズ・コッホやデイヴィッド・コッホといった裕福な産業資本家たちであった。コッホ兄弟はカンザス州を本拠地とするエネギー関連の巨大企業、コッホ産業の所有者で、全米最富裕層の上位5人に入っている。「ニューヨーカー」誌の取材に答えた共和党の選挙運動コンサルタントは「ティーパーティー運動を立ち上げるのに必要な資金を出したのは、コッホ兄弟だった」と述べている。

共和党全国委員会委員長であり、アフリカ系アメリカ人であるマイケル・スティールは「ティーパーティー運動と共和党の間には、争いや亀裂、不和といったものはない。我々は共闘している」と述べている。連邦議会の共和党議員がティーパーティー運動の極右思想に共鳴し、支援しているという話も珍しくない。

多様化するヘイトクライム

銃社会アメリカの問題が深刻化し、極右グループの活動が盛んになっているなか、人種差別主義者によるマイノリティーへのヘイトクライムが全国的に激増している。

十字架を燃やしリンチを行う、白い頭巾とガウンのクー・クラックス・クラン(KKK)は最も悪名高いヘイトグループである。しかし、近年は人種差別によるヘイトクライムの加害者は多様化し、ネオナチ、白人至上主義者、反移民自警団、反政府武装組織などと多岐にわたっている。

米司法省は、ヘイトクライムと報告される事件が年間20万件あり、ほとんどが人種差別によるものだとしている。アメリカ史上初の黒人大統領が選ばれたにもかかわらず、犠牲者の大半はアフリカ系アメリカ人であり続けている。ワシントンDCに本部のある「公民権・人権擁護団体連合会指導者会議」の指摘によると、国内の人種差別がからむとされるヘイトクライムの3分の1の被害者がアフリカ系アメリカ人であるという。

また、カリフォルニア州、ニューメキシコ州など白人が半数以下になってきた州もある中で「アメリカの褐色化」に対する反発が目立ってきている。1971年南部アラバマ州で設立されて以来、全米のヘイトクライムを追跡している「南部貧困法律センター」は、ヒスパニック(ラテンアメリカ系アメリカ人)に対する嫌がらせや暴行、殺傷、発砲、財産の破壊といった事件を追ってきたが、被害者の多くは米国の市民権を持つ人々であった。

テキサス、アリゾナ、カリフォルニアなどメキシコとの国境沿いの州においては、ヘイトクライムが特に増加している。2005年、米国とメキシコの国境地域を監視するという目的で右翼の市民グループが結成された。アメリカ独立戦争期の「招集されたら1分で駆けつける」民兵組織「ミニットマン」から名を取り「ミニットマン・プロジェクト」と呼ばれるこのグループは、時にはネオナチや白人至上主義者らと共に、国境を越えて「不法入国」した人々を捕らえようと活動している。

ニュースメディアが右翼的思想を広める

現在見られる銃器の氾濫と極右翼、ヘイトクライムの三重の危険を真に理解する上で欠かせないのがアメリカのニュースメディアの役割である。

昨今、アメリカ社会の銃問題を主流メディアが継続的に批判することは珍しい。全国の何千万人もの銃器所有者や、強力な全米ライフル協会の機嫌を損ねないような「銃器所有についての賛成派対反対派」という形での報道が一般的である。人種差別にかかわる銃による暴力事件を、興味本位に報道はするが、銃問題やアメリカ社会、その歴史にはびこる人種差別の基本的な原因を探るという一貫した努力は、ニュースメディアにはほとんど見られない。

一方で、積極的に社会の不安や不満を煽ることで、右翼の過激思想を広める役割を果たしてきたメディアの先頭に立ってきたのはケーブルテレビのFOXニュースである。その親会社のニューズ・コーポレーションは、経営陣も、会長兼経営最高責任者であるルパート・マードック自身も、共和党と右翼への支援を公表しており、911後のアフガニスタンやイラクにおけるアメリカの戦争の応援団長役を務めてきた。FOXニュースはまた、ティーパーティー運動の当初からの主要な支援者でもあった。

FOXニュースは「ニュース」よりも「意見」を報道することの方が多いが、そのことによって人気が陰ることはない。実際、2010年の1月に発表されたある世論調査
(注4)で、主流のテレビネットワークのうち、最も信頼できる情報源として、39%のCNNをはるかに超えて、49%がFOXニュースを信頼するという結果が発表された。毎日15時間の生放送がアメリカの一億世帯に届けられており、FOXニュースがアメリカ社会や他の主流ニュースメディア会社に与える右翼的な影響は軽視できない。

これら、すべての要素が「変革の兆し」に打撃を与えるがごとく、11月の中間選挙の結果となって現れた。約40億ドルが全米の右翼的組織によって選挙運動のために使われたが、これは大統領選以外ではアメリカ史上最高額である。また、約40人のこれまで全く公的な仕事をしていないアメリカ市民が米国連邦議会の議員に選ばれ、1948年以来、政治経験のない市民が議員となった最多であると言われている。極右のある議員は選挙運動中に「この選挙で我々が求めた唯一で最大のことは、オバマ大統領の政権を1期で終わらせることである。」と公言した。それがゴールであるなら、彼らはその達成の途上にあると言えるだろう。

選挙結果は、初の黒人大統領が意味ある成功をおさめようとするならば、あらゆる政治的局面において戦い続けなければならないことを意味している。彼は世界に向かって約束した「変革」を実現させるために、また同時に国内で「変革を求めない」強い勢力を満足させるために、綱渡りのロープの上を歩くよりもさらに危険な道を歩んでいかなければならない。現在の社会状況からすれば、銃問題、極右勢力、そしてヘイトクライムは減少するどころか、以前にも増して深刻化していくことが考えられる。

現在のアメリカは多くの意味で、ひどく分裂した国家である。経済不況に悩み、右派、中道、左派を問わず、不満が充満している社会においては、火の粉はどこからでも飛んでくる。アメリカがその国内版「悪の枢軸」を抱える今、他国にとっても、またアメリカ人にとっても、「アメリカンドリーム」は次第に悪夢のシナリオになってきている。
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(注1)人種や宗教、民族的出自、性別、性的志向、障害などを理由に肉体的にあるいは言葉の上で相手を脅かすことであると米国連邦法で定義されている。
(注2)1791年に追加された条項で、武器の所有等を権利として認めている。「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を所有しまた携帯する権利はこれを侵してはならない」と規定されている。
(注3)今回の選挙前に盛り上がった右翼的な市民運動。米国の関税政策に反対する白人入植者が、イギリス船から茶葉を海に投げ捨てたボストン茶会事件(1773年)に由来する。市民生活の政府の介入を最小限に留め、愛国的な価値観を促進する草の根運動であるとされている。
(注4)
https://publicpolicypolling.blogspot.com/2010/01/fox-leads-for-trust.html

ブライアン・コバート
ジャーナリスト。1959年アメリカ、カリフォルニア州生まれ。UPI通信社、毎日新聞などで記者として勤務した後フリーランス。DAYS JAPANの英文編集協力。同志社大学社会学部メディア学科講師。兵庫県在住。